防衛産業の「レピュテーションリスク」とは?安全保障政策から考える

防衛産業の「レピュテーションリスク」とは?安全保障政策から考える

防衛費の増額や安全保障関連法制の見直しが議論される一方で、防衛装備品を製造してきた企業のなかには、事業からの撤退を選ぶ動きは少なくありません。防衛省が公表した「装備品等の開発及び生産のための基盤の強化に関する基本的な方針のポイント」では、防衛産業の重要性がますます高まっている一方で、収益性の低さや「レピュテーションリスク」等を理由に防衛事業から撤退する企業が多く、防衛生産・技術基盤の弱体化が進んでいるという問題意識が示されています。

では、ここでいうレピュテーションリスクとは具体的に何を指し、なぜ防衛産業に特有の課題として扱われているのでしょうか。本記事では、政府の安全保障政策における問題意識と、防衛産業が抱える構造的な課題を整理します。

この記事のポイント
  • 防衛省は撤退企業の増加要因として「収益性の低さ」と「レピュテーションリスク」を挙げる
  • 基盤強化に向け、事業の魅力化・撤退企業への対応など9本柱の取組を提示
  • NHKの世論調査では防衛費拡大は賛成多数、武器輸出への評価は賛否拮抗

防衛産業が直面する「基盤弱体化」という課題

防衛装備品を開発・生産する企業の集合体である防衛産業は、自衛隊の装備を安定的に確保するうえで欠かせない存在です。しかし近年、その基盤そのものが弱体化しているという指摘が政府内で強まっています。

防衛省の基本的な方針のポイントでは、我が国を含む国際社会の安全保障環境が厳しさを増すなかで防衛産業の重要性は一段と高まっているとしつつ、収益性の低さやレピュテーションリスク等により防衛事業からの撤退が進み、基盤の弱体化が進展していると整理されています。これに加えて、サイバー攻撃や外国政府による輸出規制といった新たなリスクも顕在化しているといいます。ロシアによるウクライナ侵略のような国際秩序への深刻な挑戦に対応するためには、防衛生産・技術基盤を含む我が国の総合的な国力と、同盟国・同志国等との連携が必要だとされています(参照:防衛省 防衛装備庁「装備品等の開発及び生産のための基盤の強化に関する基本的な方針のポイント」)。

つまり政府の問題意識は、「防衛産業が重要になっているのに、担い手が減っている」という矛盾にあります。この矛盾を生む二つの要因のうち、収益性の低さは比較的イメージしやすい経営上の課題です。一方のレピュテーションリスクは、企業のイメージや評判に関わる、やや見えにくい要因だといえます。

「レピュテーションリスク」とは何を指すのか

レピュテーションリスクとは、企業が特定の事業に関わることで、社会からの評判や信頼が損なわれる可能性を指す言葉です。防衛産業の文脈では、殺傷能力を持つ装備品の開発・製造・輸出に関与すること自体が、取引先・株主・投資家・従業員・消費者といった様々なステークホルダーから否定的に評価されるリスクを意味します。近年はESG(環境・社会・ガバナンス)投資の広がりを背景に、武器製造に関わる企業を投資対象から除外する動きも一部で見られ、企業側が防衛事業を敬遠する要因の一つになっているとみられます。

防衛省の基本的な方針のポイントは、収益性の低さとレピュテーションリスクという二つの要因が重なることで、防衛事業からの撤退が進んでいると分析しています。装備品の調達は国からの発注に依存する部分が大きく、市場競争にさらされる民生品と比べて利益率を確保しにくいという構造的な事情があります。そこに評判上のリスクという負担が加わることで、企業にとって防衛事業を続ける動機が薄れてしまう、という構図です。

プライム企業とサプライヤー、双方に及ぶ影響

防衛装備品は、装備品を完成させて防衛省に納入する「プライム企業」だけでなく、部品や素材を供給する多数の「サプライヤー」によって支えられています。防衛省の基本的な方針のポイントでは、基盤の維持・強化はプライム企業だけでなくサプライヤーも含めたサプライチェーン全体を対象に取り組む必要があるとされています。レピュテーションリスクは末端の部品供給企業にとっても無縁ではなく、サプライチェーンのどこか一段階が撤退するだけでも、装備品全体の生産に影響が及びかねない点が課題として意識されています。

政府が示す基盤強化の考え方と9本柱の取組

各国が先端技術の囲い込みを強める中、防衛生産・技術基盤を国内に維持・強化する必要性は一段と高まっているというのが政府の立場です。装備品等の取得にあたっては国内基盤を維持・強化する観点を一層重視し、国産による取得を追求する分野を明示するとともに、国産を優遇する制度の考え方も示されています。また、装備移転(防衛装備品や技術を他国に提供すること)は、力による一方的な現状変更を抑止し、我が国にとって望ましい安全保障環境を作り出すための重要な政策的手段と位置づけられています。

そのうえで、レピュテーションリスクを低減させ、政府として防衛産業の重要性等を積極的に周知していく方針のもと、基盤強化のための具体的な取組として次の9本柱が示されています。

取組の柱概要
防衛事業の魅力化適正な利益の算定等により事業としての魅力を高める
競争力・技術力の維持強化企業の技術力を維持・強化する
防衛産業の活性化新規参入を促進する
撤退企業への適切な対応事業撤退時の影響を緩和する
強靭なサプライチェーンの構築供給網全体の強靭性を高める
産業保全の強化情報保全・施設保全を強化する
機微技術管理の強化技術流出を防止する
装備移転の推進装備品・技術の他国への移転を進める
FMSの合理化有償軍事援助(FMS)の手続を合理化する

この9本柱のうち「撤退企業への適切な対応」が独立した項目として掲げられている点は、企業の防衛事業からの撤退がすでに現実の課題として認識されていることの裏付けといえるでしょう。

なお、防衛産業の基盤強化と並行して、経済安全保障推進法に基づく特定重要物資の指定制度でも、半導体や蓄電池などとあわせて無人航空機や航空機の部品、ロケットの部品、人工衛星といった安全保障と関わりの深い分野が指定されています。防衛装備品そのものではないものの、供給網を国内で確保しようとする問題意識は、防衛生産基盤の強化と軌を一にする動きだといえます(参照:重要物資の安定的な供給の確保に関する制度 | 内閣府)。

現場・世論に見るレピュテーションリスクの実像

政府文書が描く問題意識は、実際に企業の現場や社会の受け止め方にどのように現れているのでしょうか。NHKスペシャル「揺らぐ世界秩序 "平和国家"日本の防衛力強化はどうなる」(2026年7月17日放送)では、防衛産業への参入を検討する企業の社員の声が紹介されています。番組で取材を受けた社員は、防衛関連の仕事について「社会の役に立つことはしたい」と前向きに語る一方、殺傷能力のある武器を開発することへの葛藤を口にする社員もいたと伝えています。一つの職場の中でも、防衛事業への向き合い方が一様ではないことがうかがえるエピソードです。

同番組が独自に行った3000人へのアンケート調査では、日本の防衛費の規模について半数以上が「拡大すべき」と回答しました。その一方で、殺傷能力のある武器の輸出については「良い影響」「悪い影響」という評価がほぼ拮抗する結果となっています。防衛力そのものの強化には理解を示しつつ、武器輸出という具体的な行為に対しては評価が割れるという、平和国家としての理念をどう守るか模索する国民の複雑な意識が浮かび上がっているといえるでしょう。

NHKスペシャルの取材から見える意識のギャップ
  • 防衛産業の仕事に「社会貢献」と「葛藤」の両方を感じる社員がいる
  • 防衛費拡大への支持は半数超と比較的高い
  • 武器輸出への評価は「良い影響」「悪い影響」が拮抗

このアンケート結果は、防衛産業が抱えるレピュテーションリスクが、単なる企業側の思い込みではなく、実際の世論の分裂を反映したものであることを示しています。企業が防衛事業への参入・継続を判断する際には、こうした社会の受け止め方の複雑さを踏まえざるを得ない状況だといえます。

AIS Insight

AISが日頃取り扱うドローンやGIS、サイバーセキュリティといった技術は、防災・インフラ点検といった民生用途と、安全保障・防衛用途の双方に応用できる、いわゆるデュアルユース技術であることが少なくありません。自社の技術がどのような用途で使われうるかを把握し、取引先や案件ごとにどこまで関与するかを整理しておく姿勢は、防衛産業に限らず、新領域技術を扱う企業全般にとってのレピュテーションリスク管理の第一歩になると考えられます。

まとめ|自社の業務にとっての示唆

防衛産業のレピュテーションリスクとは、企業が防衛事業に関わることで評判や信頼を損なう可能性のことであり、収益性の低さと重なり合うことで、企業の防衛事業からの撤退や防衛生産・技術基盤の弱体化を招く一因になっていると政府は分析しています。この問題意識のもと、防衛事業の魅力化や撤退企業への対応など9本柱の取組が進められている一方、NHKスペシャルの取材からは、防衛費拡大への支持と武器輸出への評価の分裂という、世論レベルでの複雑さも見えてきました。

ドローンやGIS、AI、サイバーセキュリティといった新領域技術は、防災や物流、インフラ点検など身近な業務に生かされる一方で、安全保障・防衛分野からの引き合いを受ける場面も出てきています。自社の技術が防衛関連の案件に関わる、あるいは関わる可能性がある場合には、収益性だけでなく、こうしたレピュテーションリスクをどう捉え、社内外にどう説明するかを、経営判断の一部としてあらかじめ整理しておくことが求められそうです。

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