2026年9月16日、三菱重工業がAIスタートアップの「Preferred Networks」(以下、PFN)に100億円を出資する資本業務提携を発表しました。深層学習フレームワークChainerの開発企業として知られていたPFNが、なぜ今、防衛・安全保障に関わる領域にまで事業を広げているのでしょうか。
本記事ではPFN設立の経緯や事業の変遷、注力する事業領域、防衛・安全保障領域への進出の背景を解説します。
企業概要
| 会社名 | 株式会社Preferred Networks(Preferred Networks, Inc.) |
|---|---|
| 設立 | 2014年3月26日 |
| 本社所在地 | 東京都千代田区大手町1-6-1 大手町ビル |
| 代表者 | 西川徹(代表取締役会長)/岡野原大輔(代表取締役社長) |
| 事業内容 | AI半導体・計算基盤・生成AI基盤モデル・AIプロダクト/ソリューションの垂直統合型開発 |
| 主要プロダクト | 大規模言語モデル「PLaMo」、AI半導体「MN-Core」、自社スーパーコンピュータ「MN-3」等 |
| 公式サイト | 公式サイトを見る |
Preferred Networksとは何か
PFNは2014年3月26日に設立された、人工知能・機械学習技術の研究開発を手がける企業です。共同創業者の西川徹氏が代表取締役会長、岡野原大輔氏が代表取締役社長を務めています。同社が掲げるミッションは「現実世界を計算可能にし、共に未来を創り出す」ことで、AI半導体・計算基盤からアプリケーションまでを自社で一貫して開発する「垂直統合」型の体制を特徴としています。
Chainerから生成AI・計算基盤へ―事業の変遷
PFNの名を広く知らしめたのは、2015年6月に公開したオープンソースの深層学習ライブラリ「Chainer」です。深層学習とは、人間の脳神経回路を模したニューラルネットワークを用いてAIに学習させる手法のことで、Chainerはこの分野で国内発のフレームワークとして研究者・開発者コミュニティに広く受け入れられました。Chainerは現在は開発を終了し、その設計思想は「PyTorch」に受け継がれています。
同社は設立当初から、トヨタ自動車、ファナック、NTTといった大手企業との資本業務提携を重ね、自動運転・製造業・通信など幅広い産業分野でAI活用の実証を進めてきました。近年は事業の軸足を、特定のフレームワーク開発から、独自のAI半導体「MN-Core」、自社スーパーコンピュータ「MN-3」といった計算基盤、そして日本語対応の大規模言語モデル「PLaMo」をはじめとする生成AI基盤モデルの開発へと移しています。
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 2014年3月 | 株式会社Preferred Networks設立 |
| 2015年6月 | 深層学習フレームワークChainerを公開 |
| 2018年12月 | 独自AI半導体「MN-Core」を発表 |
| 2023年〜2024年 | 大規模言語モデル「PLaMo」シリーズを公開 |
| 2026年9月16日 | 三菱重工業と資本業務提携を締結(出資100億円) |
PFNの主要事業領域
PFNは現在、製造業、素材・化学品、ライフサイエンス、金融、公共サービスなど9つの産業分野に向けてAIソリューションを展開しています。この中でも、ロボティクス、バイオ・ヘルスケア(ライフサイエンス)、そして近年注力しているナショナルセキュリティ・防衛領域の3つを紹介します。
ロボティクス
グループ会社のPreferred Robotics(PFR)は、屋内移動ロボット向けの環境高度理解基盤モデル「PLaMo-SemGround」をPFNと共同開発しています。この取り組みは、経済産業省とNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)による国家プロジェクト「GENIACロボット基盤モデルの研究開発」に採択されています。(参照:屋内移動ロボット向け環境高度理解基盤モデルを共同開発 | Preferred Networks)
バイオ・ヘルスケア(ライフサイエンス)
ライフサイエンス分野では、新薬開発の効率化や病気の早期発見を目的とした技術開発を進めています。代表的なプロダクトが、結合自由エネルギー計算を自社のスーパーコンピュータで受託する創薬支援サービス「P-FEP」と、中外製薬と共同開発したマウス尾静脈自動注射ロボット「AUTiv」です。AUTivは実験の自動化により、実験動物と実験者双方の負担軽減につながる技術として、これまで複数の賞を受賞してます。(参照:ライフサイエンス | Preferred Networks)
防衛・安全保障領域
PFNは公共サービス・インフラ分野の一環として、「人々の文化や生活を守る社会のインフラをAI技術でアップデートする」ことを掲げています。
その具体例が、経済産業省・NEDOの「Kプログラム」における小型無人機(ドローン)の自律制御・分散制御技術の研究開発です。同事業は2025年度から2027年度にかけての第2フェーズにおいて、複数の小型無人機が未知で複雑な環境下で連携し自律的に任務を遂行することを目指しており、想定用途として災害・緊急時の状況把握、インフラ点検、捜索活動が挙げられています。
PFNは2026年9月10日、AIが任務内容や飛行条件、周辺環境等の情報をもとに飛行プラン案を自動生成する機能のデモに成功したと発表しました。従来はオペレーターが手作業で設定していた工程を自動化することで、多数のドローンを同時に運用する際の課題解決につながるとしています。(参照:NEDO「Kプログラム」における無人機自律制御の取り組み | Preferred Networks)
なぜ今、防衛・安全保障領域に進出するのか
三菱重工との資本業務提携は、こうした流れの延長線上にある動きです。両社は社会インフラやナショナルセキュリティ分野における「ミッションクリティカル」領域、すなわち停止・誤作動が社会的に大きな影響を及ぼす機械・システムを対象に、知能化・自律化に向けた最先端AI技術の共同開発を進めるとしています。
三菱重工の伊藤栄作CEOはPFNの国産AI技術への姿勢について、三菱重工のものづくりに流れる精神と深く通じ合うものだと述べています。PFNの岡野原大輔社長も、現場固有の制約を理解し、信頼性やリアルタイム性を高め、ハードウェアとソフトウェアを一体で最適化する必要があると指摘しており、装備品メーカーとの連携によって実際の現場で使えるAI技術に磨き上げていく狙いがうかがえます。(参照:三菱重工とPFN、資本業務提携契約を締結 | 三菱重工)
防衛・安全保障向けに磨かれる自律制御・分散制御の技術は、そのまま防災DXやインフラ管理といった身近な業務にも応用が利く軍民両用(デュアルユース)的な性格を持っています。PFNが「ナショナルセキュリティ」という看板を掲げつつも、実際の研究開発は防災・インフラ点検という民生領域とも地続きになっている点は、難しい技術を私たちの身近な生活と結びつけて考えるという意味でも持っておきたい視点です。
PFNが防衛領域に進出する背景には、AI半導体から基盤モデルまでを自社で垂直統合してきた技術力を、社会実装が難しいとされてきたミッションクリティカルな現場に応用したいという狙いがあると考えられます。三菱重工との提携内容の詳細については、以下の記事で詳しく解説していますので、あわせてご確認ください。
事業の変遷に見るAI業界の動向
ドローン・GIS・サイバーセキュリティ関連のサービスや製品を扱う企業にとって、PFNの動きは以下のような示唆を含んでいます。
- フレームワーク開発企業から生成AI・計算基盤企業への転換は、AI業界の技術トレンドの変化を映す事例
- ロボティクス・バイオヘルスケア・防衛の3領域は、いずれも「現場の制約が厳しい」応用分野という共通点がある
- 防衛向けに開発される自律制御技術は、防災・インフラ点検分野にも応用が広がる可能性がある
装備品メーカーとAI専業企業の連携が進む中、ドローンの自律飛行やGISを活用したインフラ管理に取り組む企業にとっても、大手企業との協業機会が広がっていく可能性があります。PFNのように基盤技術を垂直統合で磨き上げてきた企業が、防衛・防災という異なる文脈の現場にどう技術を展開していくのか、今後の動向を注視する価値があるといえるでしょう。
まとめ
PFNは、深層学習フレームワークChainerの開発企業として知られた存在から、AI半導体・計算基盤・生成AI基盤モデルを垂直統合で手がける企業へと事業を大きく転換させてきました。ロボティクスやバイオ・ヘルスケアに加え、近年はナショナルセキュリティ・防衛領域にも研究開発の裾野を広げており、その象徴的な動きが2026年9月に発表された三菱重工との資本業務提携です。防衛向けに開発される自律制御・分散制御の技術は、防災DXやインフラ点検といった身近な業務にもつながる可能性を秘めており、ドローンやGIS関連の事業に携わる読者にとっても、今後注目していく価値のあるテーマです。