スパイ防止法とは?日本の外国干渉防止法(仮)の提言と有識者会議から見るインテリジェンス強化案

スパイ防止法とは?日本の外国干渉防止法(仮)の提言と有識者会議から見るインテリジェンス強化案

「日本にもスパイ防止法が必要ではないか」という議論をニュースで目にする機会が増えています。2026年に入り、政府は7月31日に国家情報会議と国家情報局を設置し、9月28日にはインテリジェンス機能の強化に関する有識者会議を開きました。与党側でも8月5日、自民党インテリジェンス戦略本部が外国代理人の登録義務と不正な干渉行為への刑事罰を組み合わせた「外国干渉防止法(仮)」についての提言をまとめています。

本記事では、有識者会議の第1回の内容、自民党提言の中身、制度化にあたって指摘されている論点を紹介します。

この記事のポイント
  • 政府は有識者会議で議論開始。自民党の提言は政府決定でも法案でもない
  • 提言の柱は抑止・収集・監督の三本柱。「外国干渉防止法(仮)」が抑止の中心
  • 論点は萎縮・比例原則・取材報道の自由・民主的統制

いま政府・与党で何が動いているのか

まず前提としておきたいのは、「スパイ防止法」は俗称であり、実際のこの名称の法律の制定が議論されているわけではないということです。政府・与党で議論されているのはインテリジェンス(国家の意思決定に役立てるための情報の収集・分析・保護)機能全体の強化です。

政府側では、国家情報会議設置法が2026年5月に成立し、7月31日に国家情報会議と国家情報局(内閣情報調査室を発展的に改組)が設置されました。9月25日には内閣総理大臣決裁で有識者会議の開催が決まり、9月28日に第1回が開かれています。高市内閣総理大臣は第1回の締めくくりで、国家情報会議・国家情報局の設置を「インテリジェンス改革の第一歩に過ぎない」と位置づけ、外国による不当な干渉の防止策の強化や対外情報機能の充実を進める考えを示しました。(参照:第1回議事要旨 | 内閣官房、説明資料 | 内閣官房)

一方の与党側では、自民党のインテリジェンス戦略本部が8月5日に提言を公表しました。提言は、国家情報会議設置法(5月27日成立)に続く「次の一段」として、政府の有識者会議の検討に資する選択肢と論点を示すものと位置づけられています。(参照:提言 | 自由民主党)

インテリジェンス機能の強化に関する有識者会議

設置の趣旨と構成

有識者会議は、昨今の複雑な国際環境の中で「国民の安全と国益を確保」するために、インテリジェンス機能の強化に必要な施策を検討する場として設けられました。内閣総理大臣の下に置かれ、庶務は内閣官房が担当します。構成員は17名で、大学教授、元検察幹部、弁護士、総合商社・通信企業の幹部、報道機関の経営者など、国際情勢、経済安全保障、サイバー、法律といった幅広い分野の専門家が参加しています。座長には第1回で渡部俊也氏(東京大学名誉教授)が選ばれました。

規程は令和11年(2029年)6月30日で効力を失う設計で、期限までに運営状況を踏まえ、改組や期限延長を含めて検討するとされています。

ここからは第一回有識者会議の議論を紹介します。有識者会議のホームページでは、政府から配布される「議事次第・資料(以下、資料)」と、当日の議論をまとめた「議事要旨」が閲覧できます。議事要旨は原則として発言者の氏名を付さずに、各テーマに対しての意見が箇条書きで記載されています。

政府が示した問題意識

第1回では、国家情報局が国際情勢を説明しました。資料が不当な工作の例として挙げたのは、民間企業や研究機関の先端技術を狙った機密情報・知的財産の窃取(サイバーエスピオナージ)、重要インフラを狙ったサイバー攻撃、そして偽情報の拡散など社会の分断や政府への信頼低下を狙った認知領域での影響工作の三つです。事例としては、ロシアの情報機関員とみられる在日通商代表部員が、工作機械関連会社の従業員に金銭提供などをして営業秘密を不正に取得したとして、警視庁が検挙したケースが示されています。

資料では、こうした工作を阻止する課題として、法制度を含むカウンターインテリジェンス(外国の情報活動や工作から自国を守る活動)の強化と、対外情報機能の充実を含む情報収集・分析能力の強化を挙げています。(参照:資料3 説明資料 | 内閣官房国家情報局)

第1回開催で出た意見

第1回の議事要旨は、有識者の意見を6つの項目に分けて整理しています。ここでは各項目から、強化を進める意見と、その条件や留意点を示す意見など、角度の異なる2つを紹介します。いずれも個々の意見で、会議としての結論ではありません。

【インテリジェンス機能の強化の必要性その他の総論事項】

  • 強化の必要性:外交・軍事・経済は安倍政権以降に強化されてきた一方、インテリジェンスは手つかずで、国が生き残るための「最後のピース」だとする意見
  • リスクの比較:強化することのリスクよりも、強化しないことのリスクについて、与野党を超えた議論と、国民の理解を形成するための情報提供が必要との意見

【情報と政策の関係性】

  • 組織の連携:国家情報会議・国家情報局と、国家安全保障会議・国家安全保障局が連携し、情報と判断が一体で動く設計が必要との意見
  • 発注の形:従来は総理などの発注者が情報を求める形だったが、情報機関の側から提案することも重要で、そのために、国益の所在を普段から特定しておく必要があるとの意見

【カウンターインテリジェンス】

  • 制度の整備:開かれた社会を外国勢力の隠れた工作から守るため、外国代理人の登録を義務づける制度など、不当な干渉を防ぐ制度の整備が必要との意見
  • 規制設計への慎重論:罰則付きの規制を設ける場合は、正当な外交や表現行為が萎縮しないよう、処罰対象を明確にすべきとの意見。外国人への規制が、その相手方である国民の自由を制限する可能性にも注意が必要

【情報収集・分析能力の強化】

  • 量と技術:大量のデータを収集・分析する能力の強化が必要で、安全保障目的の行政傍受を可能にする法整備に加え、ソブリンクラウドの構築や、分析用のフロンティアAI導入の予算措置が重要との意見
  • 分析の質:情報量の拡大そのものよりも、断片的で時に矛盾する情報を統合し、何が確認でき、何が不明かを示す分析力が重要との意見

【インテリジェンス組織の体制、人材】

  • 人材の育成:言語、地域情勢、政治制度に精通し、歴史的文脈を読み解ける人材の長期育成と、キャリアパスの構築が不可欠との意見
  • 受け手の姿勢:意思決定者に迎合せず、確証バイアスを克服して分析をまとめられる制度が必要で、政治家や各省庁の長は、受け入れ難い分析も軽視しない姿勢を示すべきとの意見

【情報活動の留意事項】

  • 統制と説明責任:内閣による統制、国会・世論を通じた説明責任、適切な情報公開は、インテリジェンス機能を阻害せず、むしろ基礎づけて強化するものと位置づけるべきとの意見
  • 過度な収集への警戒:過度な情報収集の印象を与えると、反発から社会の分断が生じ、その分断が、外国勢力の影響工作に利用されるおそれがあるとの指摘

座長は、全体に通じる基盤的な議論として「国家情報戦略」を、各論として、外国による不当な干渉の防止策を、まず議論することを提案し、各有識者が了承しました。高市首相は、国家情報会議・国家情報局の設置は改革の第一歩にすぎないとして、政府の情報活動の中長期的な推進方策を、国家情報戦略として公表する必要があると述べています。次回の会議は、10月の開催が予定されています。

自民党提言の中身:抑止・収集・監督の三本柱

自民党の提言は、「情報防衛力」を、国民を監視するための力ではなく、外国勢力による隠れた工作から国民の自由な判断と民主主義の公正を守る力と定義しています。そのうえで、抑止・収集・監督の三本柱を不可分一体で進めるよう求め、体制・人材・技術の基盤強化がそれを支える構成です。(参照:提言 | 自由民主党)

柱 目的 主な提言内容
抑止 悪意ある活動を思いとどまらせる 外国干渉防止法(仮)の整備、警察庁・公安調査庁・国家情報局の役割分担、合同タスクフォースの常設
収集 脅威を把握する シギント(通信情報)、ヒューミント(人的情報、対外情報庁(仮))、オシント(公開情報)、ジオイント(衛星画像等)
監督 国民の信頼を担保する 議会監視の強化、独立監察の導入

抑止:外国干渉防止法(仮)

抑止の中心は、外国干渉防止法(仮)の整備です。提言は、米国が1938年に外国代理人登録法(FARA)を、英国が2023年国家安全保障法で外国影響力登録制度と外国干渉罪を、豪州が外国影響透明性スキームと外国干渉罪を整えてきたことを挙げ、日本には隠れた代理活動や干渉行為を正面から捉える法制がないと指摘しています。そのうえで、登録だけ、罰則だけではいずれも実効性を欠くという諸外国の教訓を踏まえ、次の二つを一体で整備する方向を示しています。

  1. 外国代理人の登録等義務:代理活動を透明化する。登録管理は、制度の中立性・実効性を確保する観点から国家公安委員会が担当
  2. 不正な干渉行為への刑事罰:外国勢力との繋がりに着目した加重類型を設けるとともに、処罰の空白を補う

先行例である米国のFARAの詳細は、既存記事で解説しています。

提言は、「外国勢力」などの定義や行為を明確にすることで、正当な外交・経済・学術・取材・報道活動を萎縮させない設計にするよう求めています。運用面では、警察庁が外事情報部を中心に情報収集・未然防止・摘発を担い、公安調査庁が情報収集と刑事捜査以外の未然防止策を担い、国家情報局が各機関の情報を分析・評価するという役割分担を示しました。

収集:シギント、ヒューミント、オシント、ジオイント

収集の分野では、四つの手法ごとに方向性が示されています。

通信情報を扱うシギントでは、通信傍受法の対象犯罪に外国干渉防止法(仮)違反などを追加するほか、安全保障目的で通信情報を収集・利用できる「対外情報収集法」(仮)の整備を挙げています。サイバー対処能力強化法(能動的サイバー防御法)の改正という方法も併せて検討対象です。いずれも通信の秘密との整合性を確保し、行政の承認と独立した司法的関与を前提とする厳格な要件を求めています。

人的情報を扱うヒューミントでは、令和9年度末までに独立した対外情報庁(仮)を設置するための法的措置を検討するとしています。外務大臣の監督の下にある独立の外局とする案が有力な選択肢とされ、任務は人材育成のペースに合わせて段階的に広げる考えです。

公開情報を扱うオシントでは、SNS上の影響工作や偽情報の痕跡の多くが公開空間に現れることから、国家情報局が政府自らが担う機能と専門機関に委託する機能を見極め、シンクタンクや民間企業、アカデミアと連携した基盤をつくるよう提言しています。衛星画像などを扱うジオイントでは、国家情報局が内閣衛星情報センターの分析人員を増強し、24時間運用体制の早期実現を図るとしています。

オシント、シギント、ヒューミントの違いは、下記記事で紹介しています。

監督:議会監視と独立監察

権限を広げるなら監督もセットで、というのが三本目の柱です。提言によると、現在の衆参の情報監視審査会は、特定秘密などの指定状況を通じた間接的な監視にとどまり、インテリジェンス活動を直接監視する仕組みではありません。そこで、行政・予算への監視対象の拡大や厳格な情報保全の仕組みを視野に、議会監視の強化策を検討するとしています。

独立監察では、英国を参考に、専門家による合議体の行政委員会を置く案や、米国を参考に情報機関の内部に監察を担う専門部署を設ける案を挙げ、プライバシーや人権への配慮、救済手続も検討対象としています。

✎ AIS Insight

提言は「権限」と「監督」をセットで語っています。シギントの項目でも、承認手続、対象範囲の限定、保存期間と廃棄、事後監査、苦情救済を権限の付与と一体で設計すると書かれています。強化の是非だけでなく、歯止めの設計まで含めて一つのパッケージとして議論されるとみるのが、本記事の読み方です。

「スパイ防止法」との関係と主な論点

提言が示す外国干渉防止法(仮)は、外国代理人の登録義務で活動を透明にし、不正な干渉行為に刑事罰を設けるという二段構えの制度です。提言が挙げる刑事罰の対象には、外国情報機関への支援や、国家情報の取得・漏洩といった、いわゆるスパイ行為にあたる行為が含まれます。加えて、欺罔などによる政治・社会への干渉のように、外国勢力による隠れた働きかけ全般も対象に入れている点が特徴です。なお、提言が使っている名称は「スパイ防止法」ではなく「外国干渉防止法(仮)」です。

制度化にあたっては、第1回の議事要旨で次のような論点が挙がっています。

  • 萎縮の防止:罰則付きの規制を設ける場合、正当な外交や表現行為への萎縮作用を避けるため、処罰対象となる行為を明確にする必要があるという意見があった。情報機関の関係者や報道機関の正当な活動を守り、萎縮につながらない制度設計も必要とされた
  • 比例原則:自由の制限は比例原則に適わなければならず、不当な動機による行使や制限の濫用は許されないため、研修や組織規律、第三者の目線での監督といったガバナンスが重要だという意見があった
  • 取材・報道の自由:国家情報会議設置法をめぐる国会審議で指摘された懸念(個人情報やプライバシーの保護、政治的中立性や民主的統制)に応える必要があり、取材・報道の自由を損なわない手立ても不可欠だという意見があった

このほか、外国人の活動への規制が、その外国人を相手とする国民の自由を直接・間接に制限する可能性への注意や、現行の制度や運用で対処できる範囲と限界を明らかにする必要性も指摘されました。

これらは有識者の意見であり、政府の方針として決まったものではありません。第1回の意見では、機能の強化と歯止めの両方が指摘されていました。自民党の提言も、萎縮防止や独立した監察を盛り込んでいます。

まとめ:今後の論点

有識者会議は、国家情報戦略の取りまとめを進めつつ、外国による不当な干渉の防止策を議論していく流れです。法制度の具体化には、有識者会議での検討に加え、法案化、国会審議といった段階が必要になります。提言にある対外情報庁(仮)は、連立合意に基づき令和9年度末までの設置が検討対象とされており、第2回以降の会議で、国家情報戦略と外国による不当な干渉の防止策がどこまで具体化するかが注目点です。

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AISブログ編集部

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「専門性の高いテーマをわかりやすく」を合言葉に、AI・ドローン・防災・安全保障・インテリジェンス領域の情報を発信中。官公庁や企業の一次情報を情報源とし、参照元を明記した正確な情報発信を心がけています。

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