生成AIをめぐる報道では、米国・中国の大手企業の名前が先行しがちですが、近年は日本発のAIスタートアップに関する話題も増えています。特に2026年8月には、防衛省がAI企業との間で情報分析業務に関する調査・実証契約を締結したとの発表があり、安全保障分野におけるAI活用の広がりを印象づけました。
その契約の相手として名前が挙がったのが「サカナAI」です。生成AIや自然言語処理を手がけるスタートアップという印象を持つ方は多いかもしれませんが、具体的にどのような会社で、なぜ防衛分野の実証事業に関わっているのかまでは、あまり知られていないのではないでしょうか。
本記事では、サカナAIの公式発表をもとに会社概要・事業内容・技術的なアプローチを整理したうえで、三菱UFJ銀行との金融分野での提携、防衛省・防衛装備庁との取り組みの実態を解説します。
企業概要
| 会社名 | Sakana AI K.K.(サカナAI) |
|---|---|
| 本社所在地 | 東京都港区麻布台1-3-1 麻布台ヒルズ森JPタワー22階 |
| 設立 | 2023年7月 |
| 代表者 | David Ha氏(CEO兼共同創業者)、伊藤錬氏(Ren Ito, 会長兼共同創業者)、Llion Jones氏(CTO兼共同創業者) |
| 資金調達 | Series B(直近ラウンド) |
| 事業内容 | フロンティアAIモデルの研究開発、金融・防衛インテリジェンス分野向けAIソリューションの提供 |
| 主な製品・サービス | Fugu LLM、Namazu LLM、Marlin、翻訳・校正サービス、AIチャットプラットフォーム |
| 公式サイト | 公式サイトを見る |
サカナAIとはどのような会社か
サカナAIの正式社名はSakana AI K.K.で、2023年7月に東京都港区麻布台で、CEO兼共同創業者のDavid Ha氏、会長兼共同創業者の伊藤錬氏、CTO兼共同創業者のLlion Jones氏の3名によって創業されました。Jones氏は、Transformer(トランスフォーマー)と呼ばれる、現在の生成AIの基盤技術を提案した著名な論文「Attention Is All You Need」の共著者としても知られています。(参照:Sakana AI公式サイト(会社情報))
同社は「Building Frontier AI in Japan(日本でフロンティアAIを構築する)」というビジョンを掲げ、複数のフロンティアモデルを統合するソリューション「Fugu LLM」、日本語に特化したモデル「Namazu LLM」、オンデマンドで研究レポートを生成する「Marlin」、翻訳・校正サービス、チャット機能を備えたAIプラットフォームなどを提供しています。フロンティアAIとは、既存モデルの延長線上にはない、最先端の性能を持つAIモデルを指す言葉として使われることが多い用語です。研究部門「Recursive Self-Improvement Lab」も運営し、金融分野に加えて防衛インテリジェンス分野向けの専門ソリューションにも取り組んでいるとしています。
資金調達については、直近ラウンドはSeries B、国内投資家として伊藤忠商事、ANAホールディングス、SBIグループ、KDDI、NEC、三井住友銀行、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)、三菱電機、みずほフィナンシャルグループなど、海外投資家としてGoogle、Khosla Ventures、NVIDIA、米中央情報局(CIA)系の戦略投資機関であるIn-Q-Tel(IQT)などの名前が挙げられています。
独自のAI技術アプローチ
米国・中国の大手AI企業は、学習データ量や計算資源、モデルサイズを大きくすることで性能を高める、いわゆる力押し型のアプローチを取ることが多いといわれています。これに対しサカナAIは、比較的小型でコストパフォーマンスに優れた複数のモデルを組み合わせるという、異なる路線を志向する企業として紹介されています。
2026年6月3日放送のBSフジ「プライムニュース」に、サカナAIの国際政治アナリストである石井順也氏が出演した際にも、同社は米中のフロンティアモデルのようにデータ量・計算資源・モデルサイズで力押しするアプローチとは一線を画し、小型モデルを組み合わせて力を発揮させる路線を採っていると語りました。
社名の「サカナ(魚)」は、小さな個体が群れとなって大きな力を発揮する集合知のメタファーとされています。公式サイトのロゴコンセプトの説明には、「自然界の生き物、特に魚の群れにインスパイアされたデザイン」で集団知能(集合知)の概念を表現していると紹介があり、ソリューション名にも「Fugu」「Namazu」「Marlin(カジキ)」と魚の名前が付いているのが特徴です。
金融分野でのAI活用
サカナAIは防衛分野だけでなく、金融分野でも大手企業との提携を進めています。公式サイトによると、サカナAIと三菱UFJ銀行(MUFG)は2025年に包括的パートナーシップを発表しており、その一環として融資業務支援AI「AI融資エキスパート」を共同開発しています。このAIは、稟議書の作成から財務分析まで、融資業務全体を支援するものです。(参照:Sakana AI公式サイト(MUFGとのAI融資エキスパートについて)
防衛省とのAI活用実証事業
サカナAIは、公式サイト上で防衛省・防衛装備庁との取り組みも明らかにしています。ここでは、公式発表の内容を中心に整理します。
総合分析業務へのAI活用実証(2026年7月契約・8月発表)
サカナAIは2026年7月29日付で、防衛省との間で「総合分析業務に必要なAI機能の調査・実証」に関する契約を締結したと発表しました。発表自体は2026年8月24日付で行われています。同社によると、この取り組みの目的は、防衛省の情報分析官の業務に最先端のAI技術を適用し、安全保障環境の複雑化に対応するための意思決定支援、いわゆる「情報力」の強化を図ることにあるといいます。実証は、情報収集の効率化、分析能力の向上、体系的な情報管理という3つの観点から進められ、同社の高度なAIエージェント技術が活用されるとしています。(参照:Sakana AI公式サイト(防衛省との契約について))
| 提携先 | 時期 | 概要 |
|---|---|---|
| 三菱UFJ銀行 | 2025年提携発表・2026年3月続報 | 融資業務支援AI「AI融資エキスパート」の共同開発 |
| 防衛装備庁防衛イノベーション科学技術研究所 | 2026年3月受注 | 指揮統制(C2)システムの基盤技術研究 |
| 防衛省 | 2026年7月29日締結(発表は8月24日) | 総合分析業務に必要なAI機能の調査・実証 |
指揮統制システムの基盤技術研究(2026年3月)
サカナAIは、これに先立つ2026年3月にも、防衛装備庁防衛イノベーション科学技術研究所から指揮統制(C2)システムの基盤技術研究を受注していたことを明らかにしています。C2システムとは、部隊の指揮官が状況を把握し、意思決定・命令伝達を行うための情報システムの総称です。(参照:Sakana AI公式サイト(防衛省との契約について))
サカナAIの脅威認識と防衛分野への思い
ここからは、前述のBSフジ「プライムニュース」(2026年6月3日放送)で、Sakana AI国際政治アナリストの石井順也氏が語った内容を紹介します。石井氏は共同創業者の伊藤氏と同じく外務省出身で、AI技術を通じて日本の防衛・インテリジェンス分野を強化したいという創業者の思いに共感し、同社の防衛部門を担当することになった経緯があります。(参照:【中国の思考回路は】SNSの対日批判をAI分析 阿古智子×峯村健司×石井順也 2026/6/3放送<前編>【BSフジ プライムニュース】 | YouTube)
防衛分野での契約規模について、石井氏は番組内で、防衛装備庁のイノベーション研究所と10億円規模の契約を締結していると説明しました。この契約はドローンにAIを搭載して現場情報を収集・分析し、指揮統制に役立てる内容だといい、防衛分野への取り組みはまだ日が浅いものの、防衛費の拡大が追い風になっているとのことです。
番組では、同社の分析技術の応用例として、中国による対日認知戦(世論やイメージの誘導を狙った情報発信)を分析するAIについても紹介されていました。石井氏が説明した技術的特徴は、次のとおりです。
- 投稿の文脈・ニュアンスの読み取り
- 投稿タイミングの時系列分析
- 多言語での比較分析
- 複数のAIモデルの組み合わせによる検出精度の向上
- 人によるアノテーション(注釈付け)確認体制、協調的な投稿行動の検出
そのうえで、日本政府による反論パターンの事前準備や、準公式アカウントでの柔らかいトーンの発信強化を提言していました。防衛分野への参入をめぐっては、国立大学の抵抗感や「死の商人」との批判への懸念といった課題がある一方、国を守ることへの理解も徐々に広がりつつあると石井氏は述べています。
まとめ|企業・技術動向としての示唆
サカナAIは、2023年7月に東京で設立されたAI企業で、フロンティアAIモデルの研究開発を掲げ、金融分野と防衛インテリジェンス分野の両方を事業領域としています。公式発表によれば、三菱UFJ銀行との融資業務支援AIの共同開発を進める一方、2026年3月には防衛装備庁防衛イノベーション科学技術研究所からC2システムの基盤技術研究を、同年7月には防衛省から総合分析業務に関するAI活用の調査・実証を受注しており、安全保障分野におけるAI活用の広がりを示す一例といえます。
ドローンやGIS、位置情報を扱う技術系企業にとっても、AIによる分析支援は今後さらに接点が増えていく分野になりそうです。防衛・安全保障分野におけるAI活用の動向は、AISでも引き続き取り上げていきます。