2026年7月には内閣情報調査室を改編した国家情報局が発足するなど、日本でもインテリジェンス(情報収集・分析)機能の強化が話題になっています。こうした報道と合わせて、「諜報活動」という言葉を目にする機会も増えてきました。
しかし諜報活動は、スパイ映画に登場するような潜入工作のイメージで語られがちで、具体的にどのような活動を指すのか、インテリジェンスやカウンターインテリジェンスとどう違うのか、正確に説明できる人は多くありません。日本の法制度がこうした活動にどう向き合っているのかも、意外と知られていない論点です。
本記事では、諜報活動の定義と主な手段を整理したうえで、関連する用語との違い、日本における法的位置づけ、企業のリスク管理への示唆までを解説します。
- 諜報活動とは、相手の意図や能力に関わる情報を秘密裏に収集する活動全般を指す言葉
- 手段は人を介した秘匿性の高いものから、公開情報を用いるものまで幅広い
- 日本には諜報活動そのものを幅広く処罰する包括的な法律は制定されていない
諜報活動とは何か
「諜報活動」とは、相手国や組織、個人が持つ意図・能力・計画などに関わる情報を、秘密裏に収集する活動全般を指す言葉です。英語の「エスピオナージ(espionage)」やスパイ活動とほぼ同じ意味で使われることが多く、安全保障・外交・軍事の分野に限らず、企業の技術や営業情報を狙う産業スパイ的な活動を指す場合にも用いられます。
情報活動を広く指す「インテリジェンス」という言葉との境界は必ずしも明確ではありません。ただ、諜報活動が主に情報を集める段階を指すのに対し、インテリジェンスは集めた情報を分析し、政策判断など具体的な意思決定に活かすところまでを含む、より広い概念として使われる傾向があります。両者の関係は、後述のセクションで改めて整理します。
諜報活動の主な手段
諜報活動の手段は、大きく「人を介した秘匿性の高い手段」と「公開情報を活用する手段」に分けて整理できます。
人を介した秘匿性の高い手段
警察庁は、経済安全保障をめぐるリスクとして、サイバー攻撃による情報窃取だけでなく、人を介して技術情報が窃取されるリスクが存在すると説明しています。具体的には、SNSを通じた接近や、「お礼」と称した金品の提供などを通じて対象者との人間関係を構築し、情報提供を働きかける手口が例として挙げられています。こうした人的接触を通じた情報収集は、古典的でありながら現在も用いられ続けている、諜報活動の代表的な手段の一つといえます。(参照:経済安全保障に関する取組 | 警察庁)
公開情報を活用する手段
一方で、報道・SNS投稿・衛星画像・企業の公式発表など、誰でも合法的に入手できる公開情報を組み合わせて分析する手法もあります。この手法は「OSINT(オシント、Open Source Intelligence)」と呼ばれ、非公開情報を扱う諜報活動とは情報の入手経路という点で性質が異なりますが、同じインテリジェンス活動の一部として位置づけられます。OSINTの定義や活用事例については、以前の記事で詳しく解説しています。
手段ごとの特徴を整理すると、次のようになります。
| 手段の種類 | 特徴 | 具体例 |
|---|---|---|
| 人を介した手段 | 対象者との人間関係構築を通じた情報収集。秘匿性が高い | SNSでの接近、金品の提供を通じた勧誘 |
| サイバー上の手段 | 不正アクセス等による技術・営業情報の窃取 | 標的型攻撃、不正アクセスによる情報持ち出し |
| 公開情報を用いる手段(OSINT) | 合法的に入手できる情報の収集・分析 | 報道、SNS投稿、衛星画像、公式発表 |
インテリジェンス・カウンターインテリジェンスとの関係
諜報活動・インテリジェンス・カウンターインテリジェンスは、それぞれ役割が異なります。諜報活動は、相手の情報を秘密裏に収集する「攻め」の活動であり、インテリジェンスという大きな枠組みの中の、情報収集にあたる部分に位置づけられます。これに対しカウンターインテリジェンスは、自国・自組織が諜報活動の標的にされることを防ぐ「守り」の活動です。日本では内閣情報調査室に、こうした防御的な機能を担う専門部署が置かれています。用語の細かな違いについては、カウンターインテリジェンスとは?インテリジェンスとの違いを解説 でも整理していますので、あわせてご覧ください。
こうした情報機能を担う組織体制についても、2026年7月には内閣情報調査室を改編した国家情報局が発足するなど、見直しが進められています。組織の詳細な位置づけは、以前の記事で解説しました。
日本における諜報活動の法的な位置づけ
諜報活動をめぐっては、「日本にはスパイ防止法がない」という指摘がしばしば聞かれます。現行の法制度で情報保全の中心的な役割を担っているのは、特定秘密保護法(特定秘密の保護に関する法律)です。同法は、国と国民の安全を確保することを目的として、安全保障に関する情報のうち特に秘匿が必要なものを指定し、その管理の仕組みや、指定・解除の手続き、取り扱う職員の適性評価、漏えいした場合の罰則、監督機関について定めています。(参照:特定秘密保護法について | 内閣官房)
もっとも、同法はあくまで政府が保有する特定の秘密情報の管理・漏えい防止に主眼を置いた法律です。諸外国に見られるような、諜報活動そのものを幅広い類型にわたって処罰する包括的な法律とは、対象や目的が異なります。こうした包括的な法律の必要性は国会でもたびたび議論の対象となってきましたが、2026年8月時点で、日本にはいわゆる「スパイ防止法」に相当する包括的な法律は制定されていません。この論点は立場によって評価が分かれるため、本記事では現行制度の対象・目的の違いを客観的に整理するにとどめます。
企業のリスク管理への示唆
諜報活動と聞くと、国家間の駆け引きという印象が強く、自社には関係のない話だと感じる方も多いかもしれません。しかし警察庁が示す手口を見ると、その入り口はSNS上の何気ない接触や、一見普通の贈り物であることが分かります。独自の技術やノウハウを持つ企業であれば、規模の大小を問わず情報収集の標的になり得るという前提を持っておくことが大切です。
- SNSやイベントでの接触を通じた不自然な人間関係の構築に注意する
- 自社が意図せず公開している情報(採用情報、SNS投稿等)を定期的に点検する
- 共同研究・資本提携などの相手先の実態を、公開情報も含めて事前に確認する
以前OSINTについて解説した際にも触れましたが、諜報活動とOSINTは同じインテリジェンス活動の一部でありながら、情報の入手方法という点では対照的な性質を持ちます。前者は非公開の情報を秘密裏に得ることを核心とし、後者は誰もが合法的にアクセスできる公開情報のみを扱うことを前提とします。ニュースやドラマでは両者が渾然一体として「スパイ活動」のように描かれがちですが、情報の入手経路が合法か非合法か、公開か非公開かという軸で切り分けて理解すると、報道や制度をめぐる議論が読み解きやすくなります。AISでは今後も、インテリジェンス関連の用語を一つずつ整理してお伝えしていく予定です。
まとめ
諜報活動とは、相手の意図や能力に関わる情報を秘密裏に収集する活動全般を指す言葉です。人を介した秘匿性の高い手段から、公開情報を用いるOSINTまで手段は幅広く、収集した情報を分析・活用するインテリジェンス、自国を守るカウンターインテリジェンスとはそれぞれ役割が異なります。日本には諜報活動そのものを幅広く処罰する包括的な法律は制定されておらず、現行の特定秘密保護法は政府保有の秘密情報の管理に主眼を置いた法律です。国家間の話題として語られがちな諜報活動ですが、その手口を知ることは、独自の技術や情報を持つ企業にとってもリスク管理の一助になるはずです。