経済安全保障をめぐる議論のなかで、「セキュリティ・クリアランス」という言葉を目にする機会が増えました。2024年5月に成立した日本版の制度は2025年5月16日に施行され、2026年6月には運用開始後はじめての国会報告も公表されています。一方で「政府が民間企業の技術情報を勝手に秘密指定する仕組みではないか」という受け止めも残っているのが実情です。
本記事では2026年9月時点の一次情報をもとに、①法律になるまでの経緯、②諸外国の制度との違い、③制度創設を担当した高市早苗氏の関わり、という3点を中心に整理します。
- 2024年5月成立・2025年5月施行の重要経済安保情報保護活用法にもとづく制度
- 諸外国のコンフィデンシャル級に対応し、経済・技術分野の情報を新たにカバー
- 2025年末時点の指定は9機関19件、適合事業者の認定は0件
セキュリティクリアランス制度とは何か:PCLとFCL
内閣官房の有識者会議資料は、いわゆるセキュリティ・クリアランスを「国家における情報保全措置の一環として、政府が保有する安全保障上重要な情報として指定された情報に対して、アクセスする必要がある者のうち、情報を漏らすおそれがないという信頼性を確認した者の中で取り扱うとする制度」と定義しています。重要なのは、対象があくまで政府が保有する情報である点です。民間事業者が自ら持っている情報を政府が一方的に秘密指定することは想定されていません。
制度は通例、①政府が重要な情報を指定する仕組み、②信頼性を確認された者の中でのみ取り扱う厳格な管理・提供ルール、③漏えいや不正取得への罰則、という3つで構成されます。クリアランスには、人の信頼性に着目するPersonnel Security Clearance(PCL=個人に対するクリアランス)と、施設・組織に着目するFacility Security Clearance(FCL=事業者に対するクリアランス)の2種類があります。(参照:いわゆる「セキュリティ・クリアランス」制度の概要 | 内閣官房)

日本ではこれまで、特定秘密の保護に関する法律(特定秘密保護法)が防衛・外交・特定有害活動の防止・テロリズムの防止の4分野を対象としており、これが事実上唯一のクリアランス制度でした。新制度はここでカバーされてこなかった経済・技術分野を加えるもので、諸外国のコンフィデンシャル(Confidential)級にも対応する位置づけとされています。
日本で制度が法律になるまでの経緯
有識者会議の設置から法案提出まで
出発点は2023年2月22日、内閣官房に設置された「経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス制度等に関する有識者会議」の第1回会合です。同会議は同年6月6日に中間論点整理を公表し、2024年1月19日に最終とりまとめを出しました。
成立・公布から施行の流れ
最終とりまとめの約1か月後に法律案が提出され、約2か月半で成立に至りました。
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 2024年2月27日 | 法律案を国会提出(内閣提出第24号) |
| 2024年4月9日 | 衆議院可決 |
| 2024年5月10日 | 参議院可決・成立 |
| 2024年5月17日 | 公布(令和6年法律第27号) |
| 2025年5月2日 | 内閣府が「適性評価に関するQ&A(第1版)」を公表 |
| 2025年5月16日 | 施行 |
| 2026年6月 | 運用開始後はじめての国会報告を公表 |
(参照:第213回国会 議案情報 | 参議院、重要経済安保情報の保護及び活用 | 内閣府)
成立した法律の正式名称は重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律(重要経済安保情報保護活用法)です。行政機関の長が、公になっていない重要経済基盤保護情報のうち、漏えいすれば安全保障に支障を与えるおそれがあるため特に秘匿する必要があるものを重要経済安保情報として指定します。ただし特別防衛秘密および特定秘密に該当する情報は対象から除かれ、既存制度との棲み分けが図られています。指定の有効期間は5年以内で、更新を重ねても原則30年、内閣の承認を得た場合はそれを超えることもできますが、外国との交渉に不利益を及ぼすおそれがある等の例外事由に該当しない限り60年を超えることはできません。(参照:重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律 概要 | 内閣府)
今年6月に初の国会報告。実施状況は?
2026年6月公表の初の国会報告は、施行日から2025年12月31日までを対象としています。
- 指定:9機関で20件(うち1件が解除され、年末時点は19件)
- 適性評価の実施:2機関・18件(内閣府17件、国土交通省1件。適合事業者の従業者は0件)
- 適合事業者の認定:0件/通報窓口に寄せられた通報:0件
調査を内閣総理大臣に求めた行政機関は11機関・217件にのぼる一方、実施済みは18件にとどまります。同意しなかった件数が3件、同意が取り下げられた件数が2件あったほか、情報が適正に指定・管理されているかを行政機関の外から検証する内閣府独立公文書管理監からは、表示等に関する是正の求めが1件出されました。(参照:重要経済安保情報の指定及びその解除、適性評価の実施並びに適合事業者の認定の状況に関する報告 概要 | 内閣府)
施行後1年以内の経過措置:指名による業務実施
重要経済安保情報の取扱いの業務は、原則として、適性評価で「漏らすおそれがない」と認められた者でなければ行えません。ただし、法の附則第2条には、施行直後の移行期間に限った経過措置が置かれています。施行日(2025年5月16日)から、1年を超えない範囲で政令が定める日の前日までの間は、行政機関の長や警察本部長が指名した職員に、適性評価を経ていなくても取扱いの業務を行わせることができます。施行直後は適性評価の実施が追いつかないことを見込んだ措置と考えられます。
対象となるのは行政機関と都道府県警察の職員で、条文上、適合事業者の従業者は含まれていません。この期間中は、取扱いの業務を行わせる職員の範囲を定める代わりに、職員を指名する形で運用されます。初の国会報告の対象期間(施行日〜2025年12月31日)は、この経過措置が認められる最長1年間の範囲に含まれています。(参照:重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律 附則第2条 | 衆議院)
特定秘密の適性評価を受けた人に認められる5年間の例外
もう一つ押さえておきたいのが、特定秘密保護法の適性評価を受けた人への例外です。特定秘密の取扱いについて「漏らすおそれがない」と認められた人は、その通知があった日から5年間に限り、この制度の適性評価を受けなくても、重要経済安保情報の取扱いの業務を行えます(法第11条第2項)。対象になるのは、情報を扱わせる行政機関の長が実施した、直近の特定秘密の適性評価です。
この例外は、施行直後だけの経過措置とは違い、法の本則に定められた恒久的なルールです。行政機関の職員だけでなく、適合事業者の従業者にも当てはまります。なお、適性評価を改めて行う必要がある人(再評価対象者)は対象から外れます。(参照:重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律 第11条 | 衆議院)
海外の制度と比べた3つの違い
違い1:秘密区分と対象情報の広さ
有識者会議の事務局が2023年3月時点でまとめた各国の情報区分は次のとおりです。
| 国 | Top Secret級 | Secret級 | Confidential級 |
|---|---|---|---|
| アメリカ | Top Secret | Secret | Confidential |
| イギリス | Top Secret | Secret | なし(2014年に見直し) |
| ドイツ | Streng Geheim | Geheim | VS-Vertraulich |
| フランス | Très Secret | Secret | なし(2021年に見直し) |
| カナダ | Top Secret | Secret | Confidential |
| オーストラリア | Top Secret | Secret | Protected |
同資料には、各国制度には現在進行形で変更されているものがあり、すべてが公開されているわけでもないため、この整理が最新とは限らないという注記が付されています。
対象情報の範囲にも差があります。アメリカは国家安全保障に関連する科学的・技術的・経済的事項やインフラの脆弱性を明示的に含み、イギリスは英国経済への長期的な損害、オーストラリアは国の経済とインフラ、フランスは科学・経済・産業分野を対象に含めています。有効期間も国ごとに幅があり、アメリカはTop Secretが5年または6年、Secretが10年、Confidentialが15年、ドイツは原則10年です。ただしアメリカについては、有効期間の変更や区分間での統一が現在進行形で議論されている旨も資料に注記されています。(参照:いわゆる「セキュリティ・クリアランス」制度の概要 | 内閣官房)
違い2:漏えいに対する罰則の重さ
罰則の水準は日本と諸外国で大きく開きがあります。アメリカでは外国政府を援助する目的で国防に関する情報を漏らした場合に死刑または終身刑を含む重罰が定められ、ドイツも特別な地位の濫用等があれば終身刑または5年以上の拘禁刑となります。イギリスは3年以上14年以下の拘禁刑、フランスは15年以下の拘禁刑と22万5000ユーロの罰金刑です。(参照:いわゆる「セキュリティ・クリアランス」制度の概要 | 内閣官房)
これに対し重要経済安保情報保護活用法は、取扱業務に従事する者の漏えいを5年以下の拘禁刑もしくは500万円以下の罰金またはその併科としています。未遂犯や過失も処罰の対象で、不正アクセス等による不正取得も同水準です。国外犯処罰規定と両罰規定も置かれました。特定秘密保護法の10年以下・1,000万円以下と比べれば軽く、これは対象情報の機微度に応じた段階設計だと読み取れます。
違い3:事業者クリアランスと外国資本の扱い
各国のFCLでは、外国による影響(FOCI=Foreign Ownership, Control or Influence。外国の資本・支配・影響力が事業者に及んでいないか)が中心的な審査項目です。アメリカの申告フォームには、発行済み株式の5%以上を外国人が保有しているか、外国企業の10%以上の持ち分を保有しているか、取締役会メンバーに外国人がいるかといった質問項目があり、該当してもリスクが許容範囲内か、低減措置が取られるかを評価したうえで、緩和措置を条件にクリアランスを付与する場合があります。イギリスは取締役の少なくとも50%が英国に居住する英国籍であることを求め、ドイツはオーナーおよび経営陣に最高機密クリアランスを要求します(ただしドイツでは、本人が書面で機密情報へのアクセスを放棄しそれを証明する場合は対象外とされます)。
日本の適合事業者は、安全保障の確保に資する活動を行い、保護に必要な施設設備を設置しているなど政令で定める基準に適合する事業者とされ、契約に基づいて情報提供を受けます。契約には、取扱業務を行わせる従業者の範囲、保護業務の管理者の指名、施設設備の設置、従業者への教育など6項目を定めなければなりません。
制度創設を担当した高市早苗氏の関わり
ここまで見てきた制度設計が日本でどう組み上げられたのかは、立案を担当した人物の説明からも見えてきます。
制度創設に1年9か月を要した経緯
この法律の立案を担当し、国会審議に答弁者として臨んだのが、高市早苗氏です。法成立時点の第2次岸田第2次改造内閣で、高市氏は経済安全保障担当大臣(内閣府特命担当大臣として経済安全保障等を担当)の職にありました。
成立翌日の2024年5月11日、高市氏は自身のX(旧Twitter)に投稿し、経済安全保障版のセキュリティ・クリアランス制度を創設すると決意表明してから成立まで約1年9か月かかったこと、参考人質疑を除き自身が答弁者として出席した審議だけでも衆参で43時間以上に及んだことを明らかにしました。
経済安全保障版セキュリティ・クリアランス制度を創設すると決意表明してから、約1年9ヶ月もかかりましたが、昨日の参院本会議で可決して頂き、『重要経済安保情報保護活用法』が成立しました。 参考人質疑を除き(私が答弁者として出席した審議だけでも)、衆参で43時間以上にわたりご審議を頂きました。 法律案を深く掘り下げた質疑を通して、貴重なアイデアを賜った与野党国会議員の皆様に、深く感謝申し上げます。 委員会前夜は徹夜で頑張って下さった官僚の皆様、立案に向けて様々な知見を賜った有識者会議の委員の皆様、有難うございました! 法施行に向けて、速やかに政令案や運用基準案を作成する作業に着手致します。
— 高市早苗 (@takaichi_sanae) May 11, 2024
なお、2026年9月17日には第2次高市改造内閣が発足し、高市氏は内閣総理大臣の職にあります。制度創設を担当した大臣が、現在は制度を運用する政府の長という立場にあることになります。
成立から施行までの1年が意味するもの
上記の投稿で高市氏は、法施行に向けて速やかに政令案や運用基準案を作成する作業に着手すると述べています。ここで言う運用基準は、法律が政府に策定を義務づけているものです。重要経済安保情報保護活用法は、指定およびその解除、適性評価の実施、適合事業者の認定について統一的な運用を図るための基準を政府が定めると規定し(第18条)、その策定にあたっては安全保障に関する情報の保護、行政機関等が保有する情報の公開、公文書等の管理に優れた識見を有する者の意見を聴いたうえで閣議決定を求めています。(参照:重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律 概要 | 内閣府)
公布から施行までに約1年が置かれたのは、この政令や運用基準の整備、そして適性評価の実務を示すQ&Aの作成にあてる期間が必要だったためです。制度の骨格を法律で決めた後、実際に動かすためのルールづくりに同程度の時間を要したという構図になります。
適性評価とプライバシーへの配慮

何が調べられ、誰が対象になるのか
適性評価は情報を提供する行政機関の長が実施し、必要な調査は原則として内閣府が一元的に行います。押さえておきたいのは、個人からの申し込みを受け付ける制度ではないという点です。所属先の行政機関や適合事業者の中で評価を受ける必要があると判断された場合にのみ対象となり、一般的な人格や能力を評価するものでもありません。調査は、重要経済基盤毀損活動との関係、犯罪・懲戒の経歴、情報の取扱いに係る非違の経歴、薬物、精神疾患、飲酒、経済的な状況の7項目で、家族や同居人については氏名・生年月日・国籍・住所に限られます。再実施までの期間は10年間です。
プライバシーと労働者の権利は守られているか
調査が私生活に及ぶ以上、この制度はプライバシーや労働者の権利に関わる論点を避けて通れません。制度上は本人の真の同意が大前提で、同意しない意思があれば同意書を提出する必要はなく、理由を問うことや不同意を理由とする不利益取扱いも禁じられています。外国との関係が深いことのみで直ちに適性なしと判断されるわけではない点もQ&Aで明示されました。法律にも、苦情の申出と不利益取扱いの禁止(第14条)、個人情報の目的外利用の禁止(第16条)、拡張解釈による人権侵害の禁止と報道・取材の自由への配慮(第22条)が置かれ、運用実態は毎年、有識者の意見を付して国会に報告・公表されます。(参照:適性評価に関するQ&A(第1版) | 内閣府)
もっとも、こうした担保が置かれてもなお、薬物・精神疾患・飲酒・経済状況といった機微な事項や家族の国籍まで調査対象に含まれること、また何を秘密に指定するかの判断が行政機関の長に委ねられることについては、運用次第で調査やその影響が広がりうるという指摘もあります。初回の国会報告でも、有識者から適性評価の同意の取下げや不適切事例への対応、適合事業者認定の水準について意見が示されており、制度が想定どおりに運用されるかは今後の報告の積み重ねで検証されていくことになります。
AISの見方として付け加えるなら、この制度の実効性を測る指標は指定件数よりも適合事業者の認定がどれだけ積み上がるかだと考えています。2025年末時点で認定0件・民間従業者の適性評価0件という数字は、制度がまだ官の内側で立ち上がった段階にあることを示しています。この法律は名称のとおり情報の「保護」と「活用」を両輪に掲げていますが、活用の側が動き出すかどうかは、今後数年の民間側の運用にかかっていると言えそうです。
まとめ:企業は何を準備すべきか
日本のセキュリティクリアランス制度は、有識者会議の立ち上げから施行まで約2年3か月で形になりました。一方で罰則の水準や事業者クリアランスの運用実績には諸外国との差が残り、適合事業者の認定はこれからという段階にあります。
国際共同研究や政府調達に関わる可能性がある企業にとっては、契約に定めるべき6項目(従業者の範囲、管理者の指名、施設設備、教育など)が、そのまま社内の情報管理体制を点検するチェックリストになります。適性評価の同意が本人の自由意思に委ねられている以上、人事・法務部門が制度を理解し、対象となる従業員に説明できる状態を整えておくことも欠かせません。政府が公表する運用基準やガイドラインを定期的に確認しながら、無理のない範囲で準備を進めていくことが、現実的な第一歩です。