2026年10月13日、ロシアの連邦保安局(FSB)が、北海道新聞の日本人記者をスパイ行為の疑いで拘束したと発表しました。読売新聞は、インターファクス通信の報道として、FSBが「ロシアの防衛力について情報収集した」などとしていると伝えています。道新は「事実関係の詳細を確認中」としており、容疑はFSBの主張の段階です。(参照:露極東サハリン州で北海道新聞の男性記者拘束、「スパイ行為」疑いと現地報道 | 読売新聞)
この種の報道のたびに、日本ではスパイ防止法をめぐる議論が持ち上がります。そのとき参考例として名前が挙がるのが、米国の外国代理人登録法(FARA)です。ただしFARAは、スパイ行為を直接処罰する法律ではありません。外国の依頼を受けて政治活動などを行う人に、登録と情報開示を義務づける「透明性確保」の法律です。
本記事では、FARAの制定背景と仕組み、スパイ行為との違い、米国での運用の実例、そして日本で進む議論を紹介します。
- FARAは1938年制定の米国法で、外国の依頼者のための政治活動等を行う代理人に登録・開示を義務づける
- FARA違反は「登録せずに活動したこと」であり、スパイ行為の処罰とは別の枠組み
- 米国では、外国政府の代理人に事前通知を求める米国連邦法第951条も、外国の影響工作への対応で言及される
FARAの概要
FARAは1938年に制定された米国の法律で、米司法省は目的を透明性の確保としています。外国の依頼者のために政治活動などを行う者に、依頼者との関係、活動内容、金銭の受け取りや支出を定期的に公開させ、政府と米国民が外国代理人の活動を評価できるようにする仕組みです。アメリカ合衆国議会調査局(CRS)も、FARAは特定の活動を禁止するのではなく、その登録と開示を求める法律だと説明しています。運用は、司法省国家安全保障局(NSD)のFARAユニットが担当しています。(参照:FARA | 米司法省、Foreign Agents Registration Act (FARA): An Overview | 米議会調査局)
法律制定の背景
FARAが作られた背景は、第二次世界大戦前にさかのぼります。当時の米議会は、ロビー活動や外国の宣伝工作について調査を重ねており、その対象には枢軸国、とくにドイツの宣伝工作員が米国内の活動が多数含まれていました。そのような状況下で、FARAは当初から、政治的な宣伝活動を「禁止」するのではなく、外国政府などの依頼で宣伝活動を行う者に、政府への「登録」と、依頼者・活動・契約条件の「開示」を求める法律として構想されました。
法律は1938年に制定され、1966年に改正されました。この改正で、焦点は政治的な宣伝者から、外国の依頼者の経済的利益を代理する者へ移っています。上院外交委員会による外国の砂糖業界などのロビー活動の調査が一因とされ、成功報酬契約の禁止、正当な商業活動の負担にならないよう免除を広げること、宣伝資料の開示・表示の強化、司法省への規則策定の義務づけが盛り込まれました。(参照:Foreign Agents Registration Act (FARA): An Overview | 米議会調査局)
FARAを理解する上で知っておきたい単語のひとつが「ロビー活動」です。ロビー活動とは、企業や団体などが、政策や法律、行政の判断に影響を与えるために、議員や政府職員へ働きかける活動のことです。米国では憲法で保護された合法的な活動ですが、誰が誰のために働きかけているのかを見えるようにする仕組みが、2つの法律で設けられています。外国政府や外国政党のために働きかける場合はFARA、それ以外の依頼者のために議会などへ働きかける場合は、1995年のロビー活動開示法(LDA)の登録と報告の対象です。なお、日本ではロビー活動は原則として合法ですが、登録や開示を義務づける包括的な法律はありません。
対象となる「外国代理人」と「外国の依頼者」

外国代理人とは、外国の依頼者の代理人・代表者・従業員として、またはその指示・要請・支配の下で、米国内で政治活動(米政府職員や米国民への働きかけを意図するものを含む)、広報担当・広告代理人・情報サービス担当者・政治コンサルタントとしての活動、金銭や寄付などの募集・分配、米政府機関や職員の前での外国依頼者の利益の代表のいずれかを行う者です。
外国の依頼者には、外国政府や外国政党のほか、米国外の個人(米国内に住所を持つ米国市民を除く)、外国法に基づいて設立された法人や主たる営業所が外国にある団体が含まれます。相手が外国の政府機関でなくても、外国企業のために米国政府へ働きかける場合などは対象になり得ます。
「外国代理人」という言葉から、スパイのような人物を思い浮かべるかもしれません。しかし、FARAの外国代理人は、いわゆるスパイとは別のものです。登録が必要かどうかは、依頼者が悪い人かどうかではなく、「外国の依頼者のために、米国内でどんな活動をするか」で決まります。登録した代理人は、依頼者や活動の内容が公開されるため、むしろ公然と活動する存在です。
登録が必要になり得る例は、次のとおりです(司法省の定義を当てはめた、一般的な例です)。
| 例 | 登録が必要になり得る理由 |
|---|---|
| 外国政府から依頼を受けた米国のPR会社が、その国のイメージを高めるために、米国のメディアへ情報を提供する | 外国政府の広報担当として、米国民へ働きかけるため |
| 外国の政党や政府の依頼を受けた元議員のコンサルタントが、米議会の議員に面会して、政策への理解を求める | 外国の依頼者のための「政治活動」にあたるため |
| 外国企業の依頼で、米国のロビイストが、米政府機関へ規制の見直しを働きかける | 米政府機関の前で、外国の依頼者の利益を代表するため。ただし、LDAに登録していて、外国政府や外国政党が主な受益者でなければ、FARAは免除される |
| 外国政府の依頼を受けて、米国のインフルエンサーが、その国の政策を支持する動画やSNS投稿を発信する | 外国の依頼者のための広報として、米国の世論へ働きかけるため |
依頼者についても、同じです。外国の依頼者には、同盟国や友好国の政府、外国の民間企業も含まれます。実際、CRSの分析によると、2001年から2021年の間にFARAの登録が最も多かった国は、サウジアラビアと日本(いずれも148件)でした。次いで、ウクライナ(145件)、アラブ首長国連邦(130件)、韓国(127件)などが続きます。登録された活動を司法省の分類で見ると、最も多かったのは広報(59.7%)で、ロビー活動(28.4%)、観光振興(27.7%)が続きます(1つの活動が複数の分類に入るため、合計は100%を超えます)。FARAは、こうした日常的な広報やロビー活動を、公開された形で行わせる制度です。(参照:Foreign Agents Registration Act (FARA): Foreign Principal Locations and Activities in the United States | 米議会調査局)
一方、秘密情報を盗む行為や、通知をせずに外国政府の指示で活動する行為は、別の法律(951条など)の問題です。この違いは、後ほど解説します。
FARA登録・開示の手続き
登録から開示までの基本的な流れは、次のとおりです(参照:Frequently Asked Questions | 米司法省 2026年10月時点で確認)。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 初回登録 | 外国代理人になることに合意してから10日以内に登録声明を提出。登録前に代理行為を始めてはならない |
| 手数料 | 依頼者ごとに305ドル |
| 補足届出(登録後の定期的な活動報告) | 6か月ごとに提出(報告期間の末日から30日後が期限) |
| 情報資料(外国の依頼者のために配布する広報・宣伝資料)の表示 | 外国の依頼者のために配布するパンフレット、動画、広告、SNS投稿などには、「誰が、誰のために配布しているか」を示す一文を目立つ形で表示する。配布から48時間以内に、同じ資料を司法省のFARAユニットへ提出する |
| 登録書類の公開 | fara.govの検索機能で誰でも閲覧可能 |
ここでいう「情報資料」とは、外国の依頼者のために米国内で配布する、広報や宣伝のための資料のことです。パンフレットやニュースレター、動画、広告、SNS投稿などが含まれます。受け取った人が、「これは外国の依頼者のための資料だ」と分かるように、次の趣旨の一文を表示します。
この資料は(登録者名)が(外国の依頼者名)のために配布しています。追加情報は米司法省で入手できます。
たとえば、外国政府の依頼を受けたPR会社がSNSに投稿する場合は、投稿にこの趣旨の表示を入れ、投稿を保存したPDFを、48時間以内にオンラインで司法省へ提出します。なお、テレビやラジオ、動画は、提出の方法や頻度が別に定められています。
FARAは、資料の内容そのものを制限しません。登録しても、これまでと同じ内容を発信できます。求められるのは、情報の出どころを示して、受け手が内容を評価できるようにすることです。
実際の例が、ドイツの企業のために配布されたLinkedInの投稿です。投稿の発信元は在ワシントンのドイツ産業商工会議所代表部(Delegation of German Industry and Commerce)と表示され、DIHK DEinternational GmbHのために、物流向けIT企業が新しいパートナーに加わったことを紹介しています。投稿の末尾には「この資料は〜が〜のために配布しています。追加情報は米司法省で入手できます。」という表示文が付けられ、司法省に提出されたのち、FARAのサイトで公開されています。

FARAの免除と罰則
FARAには、8つの登録義務の免除があります。司法省によると、外交官とその職員、一定の外国政府関係者、商業活動など私的で非政治的な活動、人道目的の募金、宗教・学術・科学・芸術の活動、米国の防衛に重要な外国政府の防衛、一定の法律業務、そしてロビー活動開示法(LDA)に登録したロビー活動です。LDAに登録している場合も、外国政府や外国政党が主な受益者である活動は、免除の対象になりません。免除に当たるかどうかは、登録しようとする側が自分で判断し、免除を主張する側に立証責任があります。迷う場合は、司法省に助言意見(Advisory Opinion)を求めることができます。
罰則は、次のとおりです。
- 故意の違反:最長5年の拘禁刑(身柄を拘束される刑)、最高25万ドルの罰金、またはその併科
- 軽罪(比較的軽い違反):最長6か月の拘禁刑、最高5,000ドルの罰金、またはその併科
- 民事措置:司法長官は、連邦地方裁判所に差止命令(登録や不備の是正などを裁判所が命じる措置)を申し立てられる
実質的なスパイ罪:米国連邦法951条
FARAに違反するとは、「登録が必要な活動を、登録せずに行った」ことを指します。たとえば、外国企業のために米議会へ公然とロビー活動を行うことは、登録さえすれば合法です。FARA違反が成り立つかどうかは、秘密情報を扱ったかどうかとは別の問題です。
スパイ行為(秘密情報の収集や漏えい)を処罰するのは、別の法律です。FARAと関連が深いのが、米国連邦法典第18編第951条(18 U.S.C. §951・外国政府の代理人)です。外交官などを除き、外国政府の指示・支配の下で米国内で活動することに同意した者は、事前に司法長官へ通知する義務があり、違反した場合は10年以下の拘禁刑などが定められています。FARAへの登録は、この事前通知の要件を満たすとされています。(参照:FARA Related Statutes | 米司法省)
実際に外国政府の指示で秘密裏に動く人は、通知も登録もしません。そのため、951条は、秘密情報を盗んだことを立証しなくても、「外国政府の指示で動いていたのに通知しなかった」ことを問える条文として使われます。2026年10月に逮捕された、台湾総統の息子を監視した疑いの女性も、スパイ罪ではなく951条で訴追されています。問われるのは、秘密情報を盗んだかどうかではなく、外国政府関係者の指示を受けて動いていたかどうかです。
FARAと951条の違いは、次の表のとおりです。
| 項目 | FARA | 951条 |
|---|---|---|
| 対象 | 外国の依頼者のために政治活動等を行う代理人 | 外国政府の指示・支配の下で米国内で活動する者 |
| 対象となる活動 | 政治活動、広報、資金の募集・分配、政府機関の前での代表の4つ | 活動の種類は限定されない(外国政府の指示・支配の下で、米国内で動くこと) |
| 外国の依頼者 | 外国政府、外国政党のほか、外国の個人や企業も含む | 外国政府または政府当局者 |
| 義務の内容 | 登録と定期的な情報開示 | 司法長官への事前通知 |
| 違法になる場面 | 登録せずに活動した場合(開示の不備を含む) | 通知せずに外国政府の代理人として活動した場合 |
| 主な罰則 | 故意の違反は最長5年の拘禁刑、最高25万ドルの罰金、またはその併科(司法省) | 10年以下の拘禁刑、罰金、またはその併科(司法省の記載) |
| 公開 | 登録書類と資料が公開される | 公開の登録制度はない |
| 関係 | FARAへの登録は§951の事前通知の要件を満たす | — |
951条も、「秘密情報を盗むこと」そのものを処罰する条文ではありません。問われるのは、外国政府の代理人として通知なしに活動したことです。防諜(カウンターインテリジェンス=外国の諜報活動や影響工作から自国を守る活動)の考え方は、次の記事で解説しています。
951条の関連事例
2026年10月には、外国政府の代理人としての活動が問われた事件が起きました。10月4日、米連邦捜査局(FBI)は、台湾の頼清徳総統の息子らを監視していたとして、中国の代理人とみられる女性を逮捕したとSNSで明らかにしました。朝日新聞の報道によると、女性はカリフォルニア在住の34歳で、上海行きの航空便に搭乗しようとしたところをロサンゼルス国際空港で拘束されたといいます。報道によると、容疑は外国政府の指示の下で活動しながら司法長官に事前通知をしなかった疑いで、10月3日付の刑事告訴状には951条が適用されています。告訴状では監視の対象者の氏名は伏せられていますが、米メディアは頼氏の息子と報じています。
台湾総統府は5日、この行為を「自由と民主主義を主張する人々やその家族を抑圧、威嚇し、さらには傷つけることを目的とした野蛮な行為」だとして、「最も厳しい非難」を表明しました。さらにFBIのカシュ・パテル長官はSNSで、外国の敵対勢力に向けて「米国はもはや、諜報活動を安心して行える場所ではない」と警告しています。
台湾のニュースメディアである風傳媒は、米司法省が10月5日に発表した内容として、容疑者を張婉瑩(ヘザー・チャン)氏と伝えています。容疑は、司法長官への事前通知なしに中国政府の代理人として米国内で活動した疑いで、適用された罪名は明記されていませんが、司法省は2026年9月にも、外国政府などの指示・管理下で活動する者に対し、FARAと951条に基づく届け出義務と、違反した場合の民事・刑事上の責任を改めて公に注意喚起しました。(参照:【北京観察】頼清徳総統の家族監視だけではない | 風傳媒)
日本の現状とスパイ防止法をめぐる議論
日本で情報保全の中心にあるのは、特定秘密保護法です。内閣官房によると、同法は安全保障上特に秘匿が必要な情報を特定秘密に指定し、取り扱う人の適性評価や漏えい防止の罰則、独立した立場からの検証・監察の仕組みなどを定めています。政府が持つ秘密情報の管理と漏えい防止を担う法律で、外国の依頼で動く人を登録・開示によって透明化するFARA型の制度とは、役割が異なります。(参照:特定秘密保護法について | 内閣官房)
FARA型の制度を日本でも整備すべきかについては、検討が始まっています。自民党インテリジェンス戦略本部は2026年8月5日の提言(要旨)で、主要民主主義国が防諜法制を整備・強化している(豪2018年、英2023年、仏2025年、ニュージーランド2025年)一方、日本には隠蔽された代理活動や干渉行為を正面から捕捉する法制がいまだ存在しないとの認識を示しました。そのうえで、外国代理人の登録等の義務と、不正な干渉行為への刑事罰を一体で整備する「外国干渉防止法」(仮)を、政府の有識者会議の検討に資する選択肢として示しています。提言は米国のFARAも参考の一つに挙げています。ただし、これは検討段階の党の提言であり、政府の決定や法案ではありません。(参照:我が国の「情報防衛力」の強化に向けて(要旨) | 自由民主党)
まとめ
FARAは、スパイを直接取り締まる法律ではなく、外国の依頼で動く人を登録・開示によって可視化する法律です。米国では、司法省が2026年9月にFARAと§951の届け出義務を改めて注意喚起しており、外国政府の代理人としての活動が刑事事件で問われる例も報じられています。日本では、自民党が提言で示した「外国干渉防止法」(仮)が今後どう議論されるかが、論点になります。
政府の情報機能をめぐっては、国家情報局と国家情報会議の位置づけも注目されています。それぞれの役割や違いは、次の記事で解説しています。