広島県呉市で、防衛省と防衛装備庁による大規模な施設整備計画が動き出しています。2026年8月28日、防衛省は日本製鉄「瀬戸内製鉄所」呉地区跡地の土地取得契約を締結したと発表しました。この跡地には、装備品の維持整備・製造機能や港湾機能などを一体的に備えた「多機能な複合防衛拠点」が整備される計画です。
呉市は明治期の鎮守府開庁以来、140年近くにわたり日本の海軍・海事産業とともに歩んできた街です。本記事では、呉市が軍港都市として発展してきた歴史を振り返りながら、複合防衛拠点が整備されるに至った経緯、防衛省・防衛装備庁が示す具体的な計画内容、そして2026年9月時点の最新動向を整理します。
- 防衛省が2026年8月28日、日本製鉄・呉地区跡地(広島県呉市)の取得契約を締結
- 「多機能な複合防衛拠点」は維持整備・製造基盤/防災・部隊活動基盤/港湾機能の3つを担う拠点
- 施設の具体的配置・規模は2027年3月末めど、誘致企業の選定は同年5月頃を予定(いずれも今後確定)
軍港都市・呉のあゆみ―鎮守府開庁から旧軍港市転換法まで
呉市の歴史は、1886年(明治19年)5月4日に「第2海軍区鎮守府の位置を安芸郡呉港に設定」する決定がなされたことに始まります。1889年(明治22年)7月1日には呉鎮守府が開庁し、海兵団・呉海軍病院なども同時に業務を開始しました。これが呉の都市としての本格的な発展の転機になったといいます。(参照:呉の歴史 | 呉市公式ホームページ)
軍艦建造の歴史と近代化
呉海軍造船廠(のちの呉海軍工廠)では、1897年(明治30年)に最初の軍艦「宮古」が進水したのを皮切りに、1907年(明治40年)に戦艦「安芸」、1919年(大正8年)に戦艦「長門」、1940年(昭和15年)には戦艦「大和」が進水するなど、日本を代表する大型艦船が次々と建造されました。
軍港としての機能拡充にあわせ、電気供給(1899年)、鉄道開通(1903年)、市街電車の運行開始(1909年)といったインフラ整備も急速に進み、呉は軍事拠点であると同時に近代都市としての姿を整えていきます。1923年には呉海軍工廠広支廠が独立して広海軍工廠となるなど、周辺地域を含めた産業集積も進みました。
旧軍港市転換法による産業都市への転換
太平洋戦争の終結後、呉は大きな転機を迎えます。1950年(昭和25年)、旧軍港市転換法(※)についての住民投票が実施され、投票総数87,993票のうち賛成81,355票という圧倒的多数で可決されました。同法は旧軍港都市の土地・施設を民間の産業利用に転換することを目的としたもので、これにより呉は軍港から平和産業港湾都市へと歩みを進めることになります。
※旧軍港市転換法とは...戦前に軍港として使用された横須賀市・呉市・佐世保市・舞鶴市の4市を対象に、残された旧軍用財産を平和産業のために活用できるようにすることを目的として、1950年(昭和25年)6月に施行された特別法です。各市の住民投票を経て制定され、旧軍の造船施設や跡地が民間企業に払い下げられる際の手続きを円滑化する役割を果たしました。
戦後は海上自衛隊の誘致や大型タンカー建造などを通じて、呉は造船業の中心地として発展を続けてきました。旧海軍の技術・人材が民間の造船業に受け継がれた点は、現在の日本の造船業を語るうえでも欠かせない歴史的背景です。
このように呉は「軍事拠点」と「産業都市」という2つの側面を持ちながら発展してきた街です。今回の複合防衛拠点整備も、この歴史の延長線上にある動きと捉えることができます。
なぜ今、呉に複合防衛拠点が整備されるのか

引用:「多機能な複合防衛拠点」への民間企業誘致に係る企業の募集 | 防衛装備庁
複合防衛拠点整備の直接の舞台となったのは、日本製鉄が呉市内で運営していた瀬戸内製鉄所呉地区の跡地です。防衛省は2025年7月、日本製鉄との間で、この跡地(呉市昭和町11-1)を取得するための売買契約締結に向けた基本的事項に合意しました。(参照:日本製鉄(株)瀬戸内製鉄所呉地区跡地を取得する契約の締結について | 防衛省)
背景には、日本を取り巻く安全保障環境の変化があります。防衛省は防衛力整備計画等に基づき防衛力の抜本的強化を進めており、装備品の維持整備・製造、訓練、補給等を一体的に機能させ、部隊運用の持続性を高める必要があるとしています。こうした一体的な拠点整備の必要性から、広大な産業用地と港湾機能を併せ持つ呉地区跡地が着目されました。(参照:「多機能な複合防衛拠点」への民間企業誘致に係る企業の募集 | 防衛装備庁)
防衛省は、呉地区において多機能な複合防衛拠点を整備することについて、防衛力整備計画等に基づく防衛力の抜本的強化の実現につながる安全保障上の意義があるとの考えを示しています。そして2026年8月28日、日本製鉄との間で本件土地を取得する契約の締結に至りました。
「多機能な複合防衛拠点」とは何か

引用:「多機能な複合防衛拠点」への民間企業誘致に係る企業の募集 | 防衛装備庁
防衛装備庁の発表によれば、複合防衛拠点とは次の3つの機能を有する拠点と定義されています。
| 機能区分 | 内容 |
|---|---|
| 維持整備・製造基盤 | 装備品(武器、車両、船舶、航空機、無人機等)の維持整備・製造基盤(民間企業の誘致を含む) |
| 防災拠点・部隊活動基盤 | ヘリポートや物資の集積場等の防災拠点、艦艇の配備・訓練場等の部隊活動基盤 |
| 港湾機能 | 岸壁等を活用した港湾機能 |
この拠点内に、装備品の防衛生産・技術基盤を担う企業を誘致する「民間企業誘致エリア」を設置する計画です。防衛省はこのエリアの一部を企業に対して有償で貸し付ける方針で、1社への全部貸付けは行わない考えを示しています。
民間企業誘致エリアの規模と貸付スケジュール
| エリア | 面積 | 貸付け開始時期(予定) |
|---|---|---|
| A地区 | 約5.5ha | 令和10年度当初目処 |
| その他エリア(一部) | 約4.5ha | 令和11年度当初目処 |
| その他エリア(残り) | 約8.8ha | 令和24年度末までに順次 |
貸付けを受ける企業には、(1)装備品の製造・維持整備基盤の維持・強化に資すること、(2)国際共同開発や先進的な技術開発等の挑戦的な活動を伴うこと、(3)広島県内住民の雇用または地元企業への発注を計画していること、といった要件が望ましいとされています。応募企業には全省庁統一資格の保有や暴力団排除に関する要件、外国投資家からの出資がある場合は外為法に基づく対内直接投資審査制度の承認取得など、一定の資格要件も課されています。
応募を希望する企業は、2026年10月30日(金)17時までに「応募意思表明書」等を防衛装備庁装備政策部装備政策課に提出する必要があります。その後、資格要件を満たした企業に募集要領が送付され、希望する企業には現地視察が実施される見込みです。現地調査(ボーリング調査等)は原則として企業選定後に実施されますが、企業側の希望があれば防衛省の調査結果を提供する形で別途調整されるとのことです。
- 2025年7月:防衛省と日本製鉄が土地取得に向けた基本的事項に合意
- 2026年8月28日:防衛省が跡地取得契約を締結
- 2026年9月11日:日本製鉄・広島県・呉市による4者協議を実施
- 2026年10月30日:企業の応募意思表明書提出期限
- 2027年3月末めど:施設の具体的配置・規模を取りまとめ予定
- 2027年5月頃予定:誘致企業を選定
- 2028年度以降見込み:民間企業による施設整備に着手
直近の動き―防衛大臣視察と4者協議
2026年9月7日、小泉進次郎防衛大臣が日鉄呉地区跡地を視察しました。視察の際、呉市長は複合防衛拠点の整備について、「地域経済の発展と市民の安全・安心の確保に配慮いただきながら、早期整備が一層着実に進むことを期待している」との方針を伝えたとのことです。
その4日後の9月11日には、防衛省・日本製鉄・広島県・呉市による4者協議が広島市内で開かれました。報道では、防衛省がこの場で2027年3月末をめどに施設の具体的な配置や規模などを取りまとめる方針を明らかにしたと報じています。誘致する装備品関連の民間企業については、地元経済への貢献も踏まえたうえで2027年5月頃に選定する考えを示しました。
同報道によると、拠点内には自衛隊庁舎のほか、水中・水上型無人機の製造・整備施設、岸壁、火薬庫などを設ける計画です。日本製鉄による建物の撤去が完了した区画から、防衛省が順次所有権を取得していく方針で、民間企業による施設整備の着手は2028年度以降が見込まれています。防衛省はこれらの関連経費を、2027年度予算案に盛り込む方針だとされています。
[ここに複合防衛拠点の位置図・全体構成イメージ(維持整備エリア/民間企業誘致エリア/港湾機能等)を挿入]
こうした一連の動きからは、施設の大枠は固まりつつある一方、具体的な配置・規模や誘致企業の顔ぶれは今後の手続きを経て決まっていく段階にあることが分かります。2026年9月11日時点で確定しているのは、土地取得契約の締結と大まかな整備方針までであり、詳細は2027年前半にかけて順次明らかになる見通しです。
戦時下の呉の街の雰囲気を知る手がかりとして、2016年公開のアニメーション映画「この世界の片隅に」(片渕須直監督、こうの史代さんの漫画が原作)が挙げられます。太平洋戦争下の呉を舞台に、すずという女性の日常生活を丁寧に描いた作品として広く知られており、軍港都市としての呉の当時の空気感を知るうえで参考になります。また書籍では、清水亮氏の「軍都を歩く―基地と住民の地域生活史」が、タイトルの通り呉のような旧軍港都市・基地所在地における基地と住民の関係の地域史を扱っており、複合防衛拠点という新たな動きを、より長い歴史の文脈の中で捉え直す際の参考になる一冊です。
まとめ―呉市の新たな一章としての複合防衛拠点
呉市は、鎮守府開庁から140年近く、軍港都市・造船の街として日本の海事産業を支えてきました。旧軍港市転換法による産業都市への転換を経て、今回の複合防衛拠点整備は、この街が安全保障と地域経済の両面で新たな役割を担う、歴史の新たな1章と位置づけることができるでしょう。引き続き防衛省・防衛装備庁および呉市の発表を注視していく必要があります。